嫦娥が月へ行ってしまってからというもの翌の気分はいっこうに晴れなかった。毎日召使を連れて狩りに行くか、家で酒を飲んで憂さを晴らした。召使の中に蓬蒙という若者がいた。勇敢ですばしこく何をやるにも卒がなくその上弓術にも長けていた。翌はとても彼が気に入っていた。そこで自分の弓の技法を伝えていくために彼を弟子にした。

 

初めに翌は蓬蒙に言った。“弓術を学ぶには先ず瞬きをしない訓練をしなければならない。後のことはこれをマスターしてからにしよう、さあ、やってこい。” 蓬蒙は家に帰ると妻の機織り機の前に横たわり、朝から晩まで眼をこらしその飛び跳ねる梭(ひ)見つめた。梭が動いても眼は動かなくなるまで。こうして二年の歳月が流れ、今では誰かが錐で蓬蒙の眼を突く振りをして眼の寸前まで近づけても彼は瞬きをすることはなかった。彼はこのことを師に伝えに行った。翌は言った。“これはまだ第一段階だ。次は細かいものを大きく見る訓練をしなければならない。よく見えないものがはっきり見えるようになったらまた来なさい。”

 

蓬蒙は家に帰ると馬の長いしっぽの毛を捜すとそれで一匹の虱をくくりベッドの前に吊り下げると日に日に大きく眼を見開きそれを睨んだ。日ごとに虱は大きくなるようだった。三年の後にはその虱がまるで車輪くらい大きく見えるようになった。他のものを見るとまるで山のように大きく見えた。蓬蒙は訓練の結果を師に告げた。翌は大いに喜び弓術の奥義を漏らすことなく彼に伝えた。ただただ弟子が彼の技術を継承していくように望んで。蓬蒙は瞬く間に技術を習得し有名な射手になった。人々は弓術の奥義に話が及ぶと最後にはどうしても彼の師の翌の話になった。あろうことかこの蓬蒙は大変心の狭い男だった。自分より技術の優れた師の翌を憎んだ。しかし決して顔に出すことはなかった。

 

ある日師弟は二人で道を歩いていた。折りよく空に雁の群れが現れた。蓬蒙は自分の弓の腕を見せ付けてやろうと考え、続けざまに三本の矢を射た。三羽の雁が次々落ちてきて、おまけに矢はみな雁の頭を射抜いていた。翌は弟子の弓術の腕を見てたいそう喜び、自分も矢をつがえると続けざまに三本射た。三羽の雁が落ちてきたがやはりみな頭部に当たっていた。しかもみな眼を射抜いていた。ここにおよんで蓬蒙は自分が師にはるかに及ばないことがわかった。急に翌を殺そうという考えが頭に浮かんだ。

 

ある日翌が馬に乗って狩から帰ってきた。道すがら急に林の中で人影が動くのが見えた。続いて ヒュウ という音とともに一本の矢が飛び出してきた。翌は急いで矢をつがえるとそれに向かって射た。矢は自分に向かって飛んできた矢に当たり落ちた。さらに林の中から ひゅっ、ひゅっ と矢継ぎ早に飛んできたが九本ことごとく翌に射落とされた。この時翌はやっと自分を狙ったのが蓬蒙であることに気づいた。一方蓬蒙は翌の矢立にもう矢がないのに気づき矢をつがえると翌の喉もとめがけて射た。しかし翌は全く身をかわすことなく、矢は流星の如く翌の口に飛び込んだ。彼は馬から落ちた。蓬蒙はしとめたと思い近づき覗き込もうとした時、急に翌が眼を開け胡坐をかいた。“お前はあんなに長いこと無駄に練習していたのか。奥義書にある噛阻法を忘れたわけじゃあるまい。お前はまだ歯で矢をキャッチする方法をマスターしていないのか。”

 

この後蓬蒙は表面上前にもまして師を尊敬するふりをしたが腹の中ではさらに翌を憎むようになった。ある時翌が林の中で一心に弓の練習をしていると蓬蒙が師の隙を見て桃の木の棒を持って背後から襲い掛かり殴り殺してしまった。

 

こうして九つの太陽を射落として人々の災いを取り除いた英雄は死んでしまった。人々はみな蓬蒙の恥知らずな行いを憎んだ。

中国の神話
蓬蒙射翌
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